花 鳥 風 月 5

風行ふうこうの言う事が偽りとは思わないが、あれが男だとはどうしても思えぬのだ。」

 氷晶きよてるは、自分よりも少しばかり年上の家人である清原風行きよはらのふうこうの前で言った。風行は氷晶の兄弟の乳兄弟だった。氷晶とは乳兄弟ではないが、兄弟同然に育っている。気が強く我儘な氷晶ではあるが、風行の前では比較的聞き分けの良い弟のようなものだった。

 溜息をつく氷晶を前に風行は黙ったままだ。

 この時代、男性が同性を相手にする事は珍しくもなく、教養の一環とされていたが、それはあくまでも家長としての勤めを果たした上での話である。勤めを果たさずその者一身を生涯のものとするのは忌むべき事で、忌避しなければ両家が滅びるとされている。

「確認作業を致します。」

 風行はそう言うと、自分よりも上段に座っている氷晶に視線を合わせた。

 主上の使いで源博雅と共に深谷寺へ行き、不浄に立った際とても自分好みの人を見かけた。相手は自分の存在は知らない。当然相手の声も名も知らない。一度は自ら出向いたもののすれ違う。次にしつこいくらいに深谷寺に使いを出し、身辺を探るが手掛かりは掴めない。そしてもう寺には滞在していないと言われた。更に深谷寺は女人は元より稚児までも入山出来ない。即ち氷晶が見たのは男性。

 口頭でそこまで確認を行なった風行は、一度姿勢を正した。氷晶は何事かと身を乗り出す。

「氷晶様は一体何をしたいのですか?」

 すると氷晶は脇息にもたれ掛かり、そこなのだよなぁと呟いて溜息をつく。

 恋の経験が少ない主を前に、風行が溜息をつきたくなっていた。が、主の手前流石にそれはしなかった。兄弟同然に育っているとはいえ、彼はそこは弁えていた。

「お会いして話をなさりたい。という認識でよろしいでしょうか。」

「本人に自らに性別やら出自などを問うてみたい。坊主が正直だとも思えぬし。それに好ましい存在なら、知りたいと思うのは極自然の心理であろう?」

 それを聞いた風行は立ち上がった。今度は氷晶が見上げる番となる。

「先程深谷寺に、参拝客とは思えぬ者と源博雅様とが入ったとの報告が上がっておりましたので、これから往って参ります。」

 きちっと一礼して氷晶に背を向けた風行の背を氷晶が慌てて追いかける。

「何故それを言わなかった!?」

 氷晶に一瞥もくれることなく、風行はすたすたと歩いてゆく。風行は無駄な行動は出来るだけ避けたいので。と言う。

「風行は俺を愚か者だと思っているのか?」

 少しばかり意気消沈した声に風行は足を止めて振り返った。そして振り返るとは思わなかった氷晶と目が合う。それも一瞬だけの事で、風行はすっと視線を逸らすと氷晶に背を向けた。

こいをして愚かになるのは当然のことです。心が乱れると書いてそう読むのですから。ところで、馬で参りますがよろしいのですか?」

 先程より歩調を緩め、風行は問う。氷晶はあまり騎乗が得意ではなかったが、意を決したように硬い声で肯定の意を表す。すると風行は上半身だけをひねると、そうと決まれば急ぎましょう。と晴れやかな表情で氷晶に言った。それに笑みを返した氷晶は、まるで子供のようにすたすたと早足で風行を追い抜いていったのだった。

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